忘れられる権利は日本にあるか|最高裁の基準とEUとの違い
日本には忘れられる権利を名指しした条文がない。それでも検索結果の削除が認められた例はあり、最高裁判所が判断の枠組みを示している。EU の制度とは根拠も範囲も違い、Google の運用も日本では別の扱いになる。ここでは二つの最高裁判断、EU との差、そして日本で実際に立てる根拠を整理する。
ABSTRACT
日本の枠組みは比較衡量である。最高裁判所第三小法廷平成29年1月31日決定は、事実を公表されない利益が検索結果として提供する理由に明らかに優越する場合に削除を求めることができるとした。これに対し第二小法廷令和4年6月24日判決の裁判要旨は「明らかに」という限定を用いていない。相手が検索事業者か投稿を掲載する運営者かで、求められる水準が違うと読むのが実務的である。EU では GDPR 第17条に削除権が置かれ、除外は EU 域内の検索結果に限られる。
本文の判例・条文・運用は、裁判所ウェブサイト、e-Gov 法令検索、Google の公式ヘルプおよび Microsoft サポートの記載を、掲載日時点で確認したものである。
目次
01条文としては存在しない
最初に誤解を解いておく。日本の法律に忘れられる権利という権利を定めた条文はない。検索結果からの削除を求める根拠は、人格権にもとづく差止請求、または個人情報の保護に関する法律の請求権として立てることになる。
Google 自身も、この権利をEU で最初に認められたものとして説明している。2014年5月の欧州司法裁判所の判決を契機に認められ、2018年に採択された GDPR 第17条に削除権が定められたという経緯である。ロシアは2015年7月に、法律に違反する場合や情報が虚偽または古くなっている場合に国内の検索エンジンからリンクを除外できる法律を可決し、トルコとセルビアも独自の忘れられる権利を定めたとされている。
Google は、EU 内では欧州のデータ保護法を適用している国の Google 検索結果から URL を除外すると説明する一方、EU 以外の国の検索結果からも除外したい場合は、その国の法律に基づく必要性を説明して別途申請するよう案内している。日本の居住者は、欧州型の枠組みに乗るのではなく日本法の根拠を自分で立てることになる。
022017年の最高裁決定
検索結果そのものの削除については、最高裁判所第三小法廷平成29年1月31日決定(平成28年(許)第45号)が判断の枠組みを示している。判示事項は「検索事業者に対し、自己のプライバシーに属する事実を含む記事等が掲載されたウェブサイトの URL 並びに当該ウェブサイトの表題及び抜粋を検索結果から削除することを求めることができる場合」である。
枠組みは比較衡量である。事実を公表されない利益と、検索結果として提供する理由とを比べ、公表されない利益が明らかに優越する場合に削除を求めることができるとされた。この「明らかに」という限定が、実務上の高いハードルになっている。
| 考慮事情 | 何を示すか |
|---|---|
| 事実の性質や内容 | 犯罪歴か、私生活上の事実か、秘匿性の程度 |
| 伝達の範囲 | どの範囲の者に伝わっているか |
| 被害の程度 | 具体的にどのような不利益が生じているか |
| 社会的地位や影響力 | 公的な立場にあるかどうか |
| 記事の目的や意義 | 何のために書かれたものか |
| 掲載時と現在の社会状況 | 時の経過により意味が変わっていないか |
| 事実を記載する必要性 | いま記載し続ける必要があるか |
032022年の最高裁判決との差
次に、最高裁判所第二小法廷令和4年6月24日判決(令和2年(受)第1442号、投稿記事削除請求事件)がある。短文投稿のネットワークに、ある者が建造物侵入の疑いで逮捕された事実を示すメッセージが投稿された事案で、削除請求が認められた。
| 判決が挙げた事情 | 内容 |
|---|---|
| 時の経過 | 逮捕から約8年が経過し、罰金刑の効力も失われ、報道記事も既に削除されていた |
| 投稿の目的 | 逮捕の事実を速報する目的で投稿され、長期間閲覧されることを想定したものとは認めがたい |
| 検索での表示 | 本人の氏名で検索すると、そのメッセージが検索結果に表示される |
| 本人の立場 | 公的立場にある者ではない |
注意すべきは文言の違いである。この判決の裁判要旨は、公表されない利益が閲覧に供し続ける理由に優越すると述べており、平成29年決定のような「明らかに」という限定は用いられていない。相手が検索事業者か、投稿を掲載する運営者かで、主張の立て方を分ける必要がある。
検索事業者を相手にする場合は平成29年決定の枠組みで、明らかに優越することまで示す必要がある。投稿を掲載している運営者を相手にする場合は令和4年判決の枠組みを援用できる。同じ事実関係でも、相手の選択で水準が変わる。
04EU との違い
EU の制度は、根拠も範囲も運用も日本と違う。混同した説明が多いので、違いを分けて押さえる。
| 項目 | 日本 | EU |
|---|---|---|
| 根拠 | 人格権にもとづく差止請求、個人情報保護法第35条 | GDPR 第17条の削除権 |
| 判断の枠組み | 比較衡量。検索事業者相手では公表されない利益が明らかに優越することが必要 | 情報が不適切、不完全、無関係または過度であるかと、残すことの公共の利益を比較 |
| 除外の範囲 | 日本法の根拠を説明して個別に申請する | 欧州のデータ保護法を適用している国の Google 検索結果から除外 |
| 域外への効果 | 日本の請求として立てる | 2019年の欧州司法裁判所の判決により、EU 以外の国のサービスには適用されない |
Google は、EU 内での除外について、位置情報を使い申請者の国にいると思われるユーザーにはすべての Google 検索サービスで除外 URL へのアクセスを制限すると説明している。除外は本人の名前を検索した結果からのみ行われ、他の検索語では表示される可能性があるとされている。
05審査で見られる事情
Google は、忘れられる権利に関する審査で考慮する事情を公開している。日本法の根拠で申請する場合も、この一覧は申請書の組み立てに使える。
- 公的な立場。情報が公的な立場や役割と関係するか、退任からどれだけ経過したか。
- 情報の入手場所。政府サイトの情報は残りやすく、ニュースサイトの最近の記事も公共性が考慮される。
- 古さ。情報がまだ関連性を持つか、後の出来事で古くなっていないか。
- ユーザーへの影響。専門サービスの利用者レビューや、刑事有罪判決に関する情報は、利用者の利益が考慮される。
- 真実性。Google は主張の真偽を判断できないため、虚偽であれば信頼できる証拠の提出が求められる。裁判所の判決は重視される。
- センシティブ情報。健康、性的指向、人種、民族、宗教などに関する情報で、本人の同意なく公開されている場合は除外される可能性が高まる。
Google は、これらが一般的な傾向であり、すべての要素が絶対的な基準ではないとも述べている。裁判所の判決が重視されるという点は、裁判手続を経た案件のほうが通りやすいことを意味している。
06日本で立てる根拠
忘れられる権利に最も近い請求権が、個人情報の保護に関する法律第35条の利用停止等の請求である。条文は三つの入口を用意している。
- 第1項。保有個人データが第18条または第19条に違反して取り扱われているとき、あるいは第20条に違反して取得されたものであるとき、利用の停止または消去を請求できる。
- 第3項。第27条第1項または第28条に違反して第三者に提供されているとき、提供の停止を請求できる。
- 第5項。事業者が利用する必要がなくなった場合、漏えい等の事態が生じた場合、その他取扱いにより本人の権利または正当な利益が害されるおそれがある場合に、利用停止等または提供の停止を請求できる。
請求に理由があることが判明したときは、事業者は違反を是正するために必要な限度で、遅滞なく利用停止等を行わなければならない。ただし多額の費用を要するなど困難な場合で、本人の権利利益を保護するため必要な代替措置をとるときは、この限りでないとされている。措置をとらない旨を通知する場合、事業者はその理由を説明するよう努めなければならない(第36条)。
海外の事業者が相手でも、この法律は届く。第171条は、国内にある者に対する役務の提供に関連して、国内にある者を本人とする個人情報を外国において取り扱う場合についても適用すると定めている。検索サービスが日本に拠点を置いていないことは、それ自体では理由にならない。
07時の経過をどう主張するか
令和4年判決が最も重く見たのは時の経過である。申請や書面では、経過した期間そのものではなく、経過によって何が変わったかを書く。
時の経過として示すもの
- 事実が発生した日と、現在までの経過期間。
- 刑事事件なら、刑の効力が失われたこと。罰金刑なら納付からの経過。
- 元の報道記事が既に削除されていること。削除日が分かるなら記録する。
- 当時の肩書や立場が現在は失われていること。
- 投稿が速報を目的としたもので、長期間の閲覧を想定していないこと。
- 現在の氏名検索で、その記事が上位に表示されること。
- 表示により具体的にどのような不利益が生じているか。
最後の二つが抜けやすい。検索結果に表示され続けること自体を不利益として位置付ける必要がある。名古屋地方裁判所民事第5部令和6年8月8日判決(令和5年(ワ)第3732号)は、記事がインターネット検索で長期間表示され続けることにより事業に支障が生じるおそれがあるとして、著しく回復困難な損害にあたると認めている。
08削除されない類型
枠組みが比較衡量であるため、削除されない類型も決まっている。出す前に自分で疑っておく。
- 公的な立場にある者に関する情報。退任からの経過が短い場合も含む。
- 政府のサイトに掲載されている情報。残りやすいとされている。
- ニュースサイトの最近の記事。公共性が考慮される。
- 事実が真実であり、公共の利害に関する場合。刑法第230条の2は、公共の利害に関する事実に係り、専ら公益を図る目的と認められる場合に、真実であることの証明があったときは罰しないと定める。
- 専門サービスの利用者レビュー。利用者の利益が考慮される。
- 報道価値があると判断されたもの。Google も、ニュースなど重要または報道価値のある内容と判断された場合は削除されないことがあるとしている。
09検索から消えても残るもの
検索結果からの削除は、到達経路を減らす作業である。記録そのものは別の手続で消す。
- Google が削除できるのは検索結果ページ上のコンテンツだけで、記録はサイトに残る。
- Bing についても、Microsoft は検索結果の削除を限られた状況および条件に限定していると説明し、削除された場合でも情報は元のウェブサイトで引き続き利用できるとしている。
- 除外は本人の名前を検索した結果からのみ行われる。他の検索語では表示される可能性がある。
- 転載先は、アドレスごとに申請し直すことになる。
- URL を知っている者は、検索を経由せずページに到達できる。
元のページを消す作業だけが、すべての検索エンジンを一度に片付ける作業になる。Google のヘルプも最初に置いているのはウェブサイトの所有者に連絡することで、WHOIS で登録者や管理担当者のメールアドレスを調べる方法を案内している。
10動かないときの手続
任意の申請で動かない相手には、裁判手続に移る。削除を求める保全命令は、仮の地位を定める仮処分として扱われる。
- 民事保全法第23条第2項は、争いがある権利関係について債権者に生ずる著しい損害または急迫の危険を避けるため必要なときに発することができると定める。
- 申立ては、その趣旨と、保全すべき権利または権利関係および保全の必要性を明らかにして行い、権利と必要性は疎明しなければならない(第13条)。
- 仮の地位を定める仮処分命令は、口頭弁論または債務者が立ち会うことができる審尋の期日を経なければ発することができない。ただし、その期日を経ることで申立ての目的を達することができない事情があるときは、この限りでない(第23条第4項)。
- 本訴では、人格権にもとづく差止請求として立てる。Google が審査で裁判所の判決を重視するとしている点は、判決を得ることの実務上の意味を示している。
サラジムカンパニー(SARAZIM LLC)が担うのは、対象アドレスの洗い出しと記録、区分ごとの申請、サイト側への申し入れ、時の経過を示す資料の整理、再掲載の監視という事務の部分である。法律事務は取り扱わず、訴訟代理人にはならない。
よくある質問
日本に忘れられる権利はありますか
条文としては存在しない。検索結果の削除は比較衡量の枠組みで判断され、最高裁判所第三小法廷平成29年1月31日決定が基準を示している。
どの程度で削除が認められますか
検索事業者を相手にする場合、公表されない利益が検索結果として提供する理由に明らかに優越することが必要とされた(平成29年決定)。
2022年の判決は基準を変えたのですか
文言が違う。令和4年6月24日判決の裁判要旨は優越すると述べ、「明らかに」という限定を用いていない。相手が検索事業者か掲載者かで分けて考える。
EUのフォームから申請できますか
できない。Google は、EU 以外の国の検索結果から除外したい場合はその国の法律に基づく必要性を説明して別途申請するよう案内している。
EUで消えると日本でも消えますか
消えない。2019年の欧州司法裁判所の判決により、EU 内での除外はEU 以外の国のサービスには適用されない。
個人情報保護法で請求できますか
第35条の利用停止等の請求が最も近い。第5項は、本人の権利または正当な利益が害されるおそれがある場合に利用停止等を請求できるとする。
海外の検索事業者にも日本法が及びますか
第171条は、国内にある者を本人とする個人情報を外国において取り扱う場合についても適用すると定める。拠点の所在だけでは理由にならない。
何年経てば消えますか
期間の基準はない。令和4年判決は約8年の経過に加え、刑の効力が失われたこと、報道記事が既に削除されていたこと、公的立場にある者でないことなどを合わせて評価している。
確認した出典
- 平成29年1月31日 第三小法廷決定 平成28年(許)第45号 - 裁判所
- 令和4年6月24日 第二小法廷判決 投稿記事削除請求事件 - 裁判所
- 令和6年8月8日 名古屋地方裁判所 削除請求事件 判決 - 裁判所
- 個人情報の保護に関する法律(第35条・第36条・第171条) - e-Gov 法令検索
- 刑法(第230条の2) - e-Gov 法令検索
- 民事保全法(第13条・第23条) - e-Gov 法令検索
- 忘れられる権利についての概要 - Google 法律に関するヘルプ
- 法律に基づく削除リクエスト - Google 法的ヘルプ
- Google 検索から個人情報を削除する - Google 検索ヘルプ
- ウェブサイトの所有者に連絡する - Google 検索ヘルプ
- 古いコンテンツの更新をリクエストする - Google 検索ヘルプ
- Bing が検索結果を提供する方法 - Microsoft サポート
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CASE INTAKE
時の経過は、期間ではなく事情で示す
サラジムカンパニー(SARAZIM LLC)は、対象アドレスの洗い出しと記録、区分ごとの申請、サイト側への申し入れ、時の経過を示す資料の整理、再掲載の監視まで一連で扱う。相談内容は外部に出さない。
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